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きっかけは 去年 2010年の7月に遡る。

結婚したばかりの妻が(変な日本語)、私を郷里(といっても近くの神奈川県某町)の夏祭りに誘ってくれた。


小さい村の祭りだろうと半ば付き合い感覚で行ったのだが、その熱気に驚いた。


夜20:30をまわり、神輿は 丁度 宮入り寸前。
入りそうで入らず、お宮の前で行ったり来たり。

激しく揉まれている。




目の前で喧嘩が始まる。

興奮する。



祭の後、義父が 誇らしげに私に語る。

 「どうだ。すごいべ。 勇壮だろう?」

義父は根っからの祭り好きで、祭りの幹事も引き受けている。
義父によると 今は21:00で終わるのだが、昔は朝から晩まで担いでたんだそうだ。

祭の帰り道。
暗い夜道を歩きながら妻は言った。

「来年はうちの(実家の)地区が担ぎ番なの。 よかったら出てみたら?
 そうだ! 出なよ!!」


祭の熱気と、義父の誇らしい顔を思い出し、、、、決心。
担ぎ手を引き受けた。


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そんな きっかけだ。


しかし、


ご存知の通り、今年は、3月に大震災が起こるわけである。


開催は危ぶまれたが、祭りは無事に開催されることになった。




そしていよいよ祭まであと2週間と迫る頃、、、、。

あの義父が怪我で入院する。




しかし、まだ義兄(妻の兄)がいる。
義兄も当然ながら担ぎ番の地区なので、祭のサポート役的存在なのだ。


しかし祭の前日。。。
義兄が ぎっくり腰に。。。。。


当日は、私 独りでの参加となった。。。

えええぇーーーーーーっ!!



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朝8:00 集合

 前日深夜2:00まで仕事をし、睡眠不足ではあったが、、眠い目をこすり八王子の自宅をでて、妻の実家へ。
 到着してすぐに半被に着替え、足袋をはき、妻と共に公民館へ向かった。

 既に大勢の人・・・・と思いきや そこは 2~3人の半被をきた 男女。

 妻「あれ・・・?まだ早かったかな。
   じゃあ。私は化粧しなきゃいけないから、後は独りでよろしく~」


 いきなり知らないところに放り込まれて「後はよろしく」はおかしい。
 それと、、、、どう見てもこの状況はおかしいだろうがああっ!!

 なんかさあ、段取りとか。。どうなってるの!?



 立ち去る妻を引き止め、一悶着。




 妻と揉めているうちに義母がかけつけ、集合場所が違うことを指摘してくれる。
 集合場所が間違っていたようだ。。。。
 正しい集合場所に向かうと、、大勢の人。
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 危なかった・・・・・。
 いきなり 出だしから、はぶられるところだった。


 集合写真に間に合わなかったので、お祓いから参加。

 妻の親戚に挨拶したり、神輿をバックに写真を撮ったり。
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 子供の神輿はどんどん神社を出ていく。
 (この地区ではメインの神輿を大人神輿、それ以外を子供御輿という)



 お神酒をもらい、いよいよ大人神輿の出発。
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 最初は川に向かう。
 「はくちょう」と呼ばれる白装束姿の祭りの守役的 幹部の人達が背負う。


 橋に差し掛かったところで、我々担ぎ手に交代。


 いよいよである。


 神輿を担ぐ。
 ずしりと 重い・・というより固い丸太棒が 肩に強くのしかかり、、痛かった。
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 「わっしょい!わっしょい!」と威勢よく叫ぶ。
 なんだか、気持ちがいいものだ。


 川に着く。
 事前に「神輿を背負って激流の川に入る儀式がある・・」と聞いていた。


 川は宮ヶ瀬ダムの放流中で結構激しい水流だった。
 こりゃ、、命がけだな・・・と怖い気持ち1割、高揚が9割。

 しかしなぜか、、川の前で神輿が止められる。
 どうも神輿が悪くなるから・・と、2~3年前から神輿を背負って川に入るイベントは中止にしているらしい。


 川に入らずにお祓いを済まし、そこから、街の各所へ神輿を担ぎ回った。




 歴史ある勇壮な神輿担ぎとはいえ、昨今ではほとんど地元の担ぎ手がないため、
 プロの方達、通称「担ぎ屋」と言われる方達が実は担ぎ手の8割だったりする。


 途中、時間短縮のためトラック移動をしたりするのだが、車中でのプロの方達と会話は新鮮で、、
 「パクられた」だの、、、「破門」だの、、
 専門用語が飛び交ったりもして。

 深く職業を詮索しなかったが、いろいろな意味でプロな方なのだろうと思った。



 しかしながらフォローすると、
 もはや この規模の祭りでは担ぎ屋がいないと成り立たなかったりもするわけで。

 神輿捌きや、段取り、のせ方、そもそもの担ぐ力(肩の強さ)が、、祭り離れ傾向により少数となった
 地元の寄せ集めの担ぎ手では もはや無理があるのだ。

 これは経験してみて、わかることであった。




 話が脱線したが、 神輿は1日がかりで夜まで担いだ。


 昔の人は交代なしで、一日中神輿を担いでいたと聞いていたので、、、途中で抜けて体力をセーブする人が
 ほとんどである中で、伝統文化に触れたいという思いもあり、 私は「一日中 神輿を担ぐ」と決心し、
 本当に一日担いだ。


 しかし真実を言えば、
 町中を効率良くまわってご祝儀を集めるために、トラック移動が多く、楽でもあった。
 このまま、夜の宮入りまで、、、、余裕だな。

 少なくとも日が暮れるまでは そう思っていた。





 舐めていた。

 祭りの本番は夜の19時を回ってから、わずか2時間の間に凝縮されていた。


 陽が落ちると 一気に神輿渡御は熱気を帯びてきた。
 担ぐ距離も長くなり、肩が砕けそうになるほど 痛くなる。
 汗が吹き出る。


 20時を回ると、いよいよ宮入りが近づいてくる。
 宮入りとは、渡御を終えて神社の境内に入ることだ。
 一日 頑張ってきたのだから、宮入りは何としても担ぎたい。
 同じような思いでこの辺りから 担ぎ手がわらわらと増えてくる。


 担ぎ場所のキープが重要になってくる。
 休憩になっても、神輿から離れない。

 体はつらい。
 でも、絶対最後まで担ぎきりたい。
 誰にも譲りたくない。

 これは恐らく朝から担いでいる人は誰しも思う思いだろう。

 しかし同時に地元の担ぎ番の人と、なんとなく仲間意識が芽生えてきてたりして、
 少ないポジションを譲り合ったりもした。
 「自分を信頼して譲ってくれた。」
 その信頼を裏切れないからと 一生懸命に担ぐ。
 この譲り合いも自然と発生したものだが、何か 昔懐かしい気持ちであった。


 「朝から担いでいる人を優先しよう!」
 上から頼まれているからのか、プロの仁義からなのか。
 仕切り役の プロの方たちは、宮入り前になって担ぎ手を半分程度は地元勢に譲った。
 そしてプロの方たちはサポート役にまわった。


 サポートというと聞こえはいいが、、、要するに鬼教官である。

 プロの方(坊主頭の強面顔)が、顔を近づけて睨み 怒鳴り叫んで、我々の弱気を試し、
 追い込んでくるのだ。

 「神輿さがってんぞ!神輿落ちちゃうぞ!」
 「情けねーぞ!」
 「担げねーなら ぬけろ!」
 「腰入れろ!」
 「おまえらの担ぎ番だろ!しっかりしろ!」
 「そーりゃあっ!(喧嘩を売るような挑発的な言い方で)」



 力分散して、誰かが担いでくれるだろう。
 そんな依存したくなる弱気な心に火をつけてくれる。


 夜にぽっと参加した人はその追い込みに負けて離脱する。


 「うおらああああ!」
 「すおおーーーりゃあーーっ!」
 声を枯らしながら、背負う。


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 何度も何度も宮入りを断られ、押し返される。

 
 何度も何度も。


 声にならない声を張り上げ。
 力を振り絞り。
 足ももみくちゃ。
 熱気で暑く。
 相変わらず 鬼教官の怒号。


 その熱気がうつったようで。
 前で担いでいる、やはり朝から担いでる同部落のメンバが ツラそうにしていると、
 「おらっ! ふんばれっ! がんばれ!」
 私も自然に励まし、彼をフォローしようと 肩に力が入る。
 ほとんど会話もしていない関係だのに、、不思議な連帯感が生まれていた。

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 そして、何度も宮入で押し戻され、揉んで、、。

 ようやく宮入。 
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 全身汗まみれでビチョビチョ。
 全てを出し切った。
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 山登りの疲れとは全く異質のものだったが、この得も言われぬ達成感は山登りのそれと少しだけ似ている。

 妻が駆け寄り写真を撮ってくる。

 「お疲れ様でしたっ!」
 朝から共に頑張った同部落(素人)の担ぎ屋の方と固く握手し、労を労う。
 妻が写真を撮ろうと煩いので、照れながらもその方と 一緒に写真を撮る。
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 それから 暗闇をうろうろし、、私はある人を探しだした。
 強面の鬼教官である。

 うろうろしていたら、向こうが先に私に気付いてくれた。

 鬼教官「お疲れ様でした! いやー、生意気なことばかりいって すんませんでした!」
 私  「いえ、おかげで最後まで担げました。ありがとうございました!」
 
 やはり あれは彼らなりの 励まし方のようだ。
 実際、あの厳しい激がなけれが、私は力を抜いて誰かに頼って担いでいたかもしれない。
 男気を感じた。

 あー、熱い。
 猛烈に喉が乾き、、何杯も何杯も水を呑んだ。



 この熱さ、病みつきになりそうである。
 これが、祭りか。
 男に生まれて良かったと思った。



 肩の痛みは諸先輩方が言うようにきっちり三日間、パンパンだった。
 肩の痛みが亡くなると共に、熱いこの夜のことも、少しずつ薄れていくのが
 少し寂しくも感じた。
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ヒリヒリする熱さですね!
体使って声を思いっきりだして、ドーパミンどばどば出そう。
ひ弱な生活してる人には思いっきり喝っ!!入れられますね。
プロの方々のおかげでこういうお祭りって守られてるのですね。
男性の半被姿ってかっこいいな。
【2011/08/22 17:00】 URL | sun #-[ 編集]
>さんさん
コメントいただき、ありがとうございます。

凄い熱気でした。
全身の汗が出来った感じ。

とにかく肩が痛かったです。

山登りで体力あるからと高を括っていたのですが、
実際のそれは全く異質な世界でした。

何とも表現しずらいので、ありのままを書いたのですが、
それでも足りないです。


体験してみないと わからない世界ですね。
【2011/08/23 18:37】 URL | ぽっか #fa7VEvUA[ 編集]














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