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下ノ廊下1日目:黒部ダム~阿曽原温泉★★★(2of3)>から続きます。

十字峡を通過して、さらに廊下を進む。
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 おいおい・・車は通らないだろ。
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 まだ紅葉早かったが、ちらほらとは色付いていた。
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 岩壁が複雑に入り組むことで激流が左右にぶつかり、飛沫を上げる半月峡、S字峡を通過。
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 仙人谷ダムに近づくと なにか戦隊ものの秘密基地のような送電口が姿をあらわす。
 発電施設は地下にあるというので、地中深くからはわせたものだろうか。
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 そして・・・ほどなく 東谷吊橋という長い吊橋に到着した。
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 長い吊橋だが、定員1名だそうで。。1名1名渡っていくのを見守りながら順番待ちをする。
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 見た目もしっかりしているが、2枚の板敷がたわむ度に、「おっ?」と声がでる。。 
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 吊橋を渡り終えて、吊橋の北面に回り込む。
 昔の工場があったのだろうか?ちょっと広い空き地にでた。
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 そして、、突然林道が始まる。開発当時の資材搬送用道路なのだろうか?
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 うーん。 なかなかいい雰囲気。  夜、歩いたら怖いだろうな。。
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 トンネルを抜けると ほどなくして 仙人谷が現れた。
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13;55 仙人谷ダム 通過
 水がたまり、美しいエメラルドグリーン色をしている。
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 ダムの見学。 発電用の放水が行われており、すごい迫力だった。
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 さて、、山道はここでダム施設内に続く。関西電力の好意で施設内の通行が許可されているのだ。
 山登りを始めて早5年。 初めて「施設内の山道」を歩くのだ。  おもしろい。。
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 施設のドアに標識札がぶら下がっている。 とても違和感あるが、おもしろい。
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 普通に廊下に出た。
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 廊下の突き当たりを曲がると薄暗い トンネルのような道に。
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 ずんずん進む。
 おもしろい。おもしろい。 
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 と、、いきなり、、十字路にでた。 ん??なんか書いてあるぞ。
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 おっ? 電車が通るってか??
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 おおっ。薄暗くてすぐには気づかなかったが、トロッコ電車の線路が横切っていた。
 お・・お・・  おもろーーー!!
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 右から左でと線路が延びている。
 黒部ダムから地中を通って走っているトロッコ電車は欅平まで続いている。
 一般客は乗車不可の作業区間だが、、時々 見学イベントをやっているらしい。
 http://c5557.kiteki.jp/html/kanden-zyoubukidou4.htm
 http://www.railstation.net/seiha/080807/kurobe2.html
 
 と。。横切る線路の左方向から、、、もわっとした蒸気が顔面にあたる。
 ほのかな温泉臭が。。  
 こ・・これは・・・・。
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 ここが、かの有名な高熱隧道だ。
 摂氏160度を越える高熱の岩盤はダイナマイトが自然発火する事故が生じ、
 多数の死者を出した。富山県警から中止命令が出たにもかかわらず、国策事業であったため
 工事は継続され作業員に水をぶっかけながら(それでも数分と持たなかったというが)
 人海戦術で掘り進めた道。 300名ほどの死者がでたという。
 そのほとんどは朝鮮人労働者だったそうで。 歴史を感じ、またそこから日本人の性質にまで
 思いを巡らせる場所であった。

 しかし・・今でも暑いのだ。 ちょっとトンネル奥に進もうとすると、、すぐにメガネが曇ってしまった。

 さて。。先に進もう。 
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 牢獄のような施設を進む。
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 ところどころに抗口。
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 牢屋のような格子戸の出口をでて、外に。
 ダムの見晴らしよいところに、慰霊碑がある。
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 そしてここには関係者のための宿泊施設がある。
 施設脇を通って、また山道へ。
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 まもなく 阿曽原かな。
 そういえば、、今回は自分の写真を撮っていない。 あ・・・忘れてた。。。
 すごくロケーション悪かったが、思い出したようにパチリ。
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 15:00 阿曽原温泉小屋 到着
 ようやく 温泉小屋に到着。 ビール飲みたいが・・・ダイエットのためとちょっと我慢。
 ちなみにこの温泉小屋にはダム開発当時に作業員の宿舎があった。
 泡雪崩によって宿舎がとばされ、、やはり27名ほどの死者を出している。
 大変雪崩が多い峡谷なので、この阿曽原温泉小屋もプレハブ建てで、
 10月末に小屋閉めをし、解体するそうだ。
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 テント場にちらほらテントがみえる。まだ空いてるかな。よし。
 小屋のスタッフから、「早いもの勝ちです。今日は混むと思いますよー。」
 といわれ、、あわてて場所取り。
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 めし。 肉野菜たっぷりの味噌ラーメンとかチャイとか。
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 1時間もすると 張り場所がないほどに混んできた。
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 はてさて・・温泉。
 ここ阿曽原温泉は露天の混浴なので、20時までは男女交代制で入浴することになる。
 20時以降は自由。

 17時頃に男性の入浴時間なので、さっそく タオル持参で温泉へ。
 温泉はキャンプサイトから5分ほど下ったところにある。

 湯船はちょうど混む時間帯で人でいっぱい。
 そんなに狭い湯船でもないのだが、、膝を突き合わせてぎゅーぎゅーで入る。
 「裸の付き合い」のなす効果なのか?皆 初対面で年齢差も違うもの同士だが・・
 学校の同級生のような 和気藹々とした雰囲気のなかで入浴。 
  「そっち温いだろうから、暑いのおくってあげるよ!」「おー。ありがとー。」
  「順番に熱い方に移動して、、茹で蛸の出来上がりだなっ!」「がははは。」
  「あー、豆いてー。 ゴール寸前で豆ができるんだよねっ。」「うんうん。」
  「あー、いい温泉だなー。」「いろんな人のダシが染み出てるからなっ!」
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========

 深夜0時。。。
 むっくり起きて、、、テントから顔を出すと、、満点星!
 すぐさま タオルとりだして、、、温泉に。

 勿論、無人。 独り占め。。  
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 ここでたくさんの犠牲があったのかと思うと ちょっと霊的なものへの怖さもあったけど
 (ちかくに抗口があって、そこから源泉ひいてるんだけど 不気味なんだよ)

 温泉の気持ちよさと星空をみてると、そんな恐怖心も薄れ、、、
 2時間ぐらいも温泉でまったりしていた。   最高。。



 <下ノ廊下2日目:阿曽原温泉~欅平★★★>へ続きます。
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いや~、行ってきましたね~。
歴史を感じる道ですよね。

吉村昭の高熱隧道は読みましたが、外国の労働者ばかりだったんですね。
(書いてなかったと思いますが?)
勉強になります。

壮絶なる掘削工事。
貫通させたときの喜びは、山の頂上にたどり着いたときに似た感じだろうと思います。

>もわっとした蒸気。

そうでした。

>温泉の霊的な怖さ。

とても感じます。


【2009/10/31 13:36】 URL | 三脚マン #EBUSheBA[ 編集]
三脚マンさん、コメントありがとうございます。
いってきました!
事前に三脚さんのレポでもルートイメージ
膨らませる参考にさせて頂きました。
ありがとうございました。
吉村昭の高熱隧道、今度読んでみます。
【2009/11/02 07:43】 URL | ぽっか #-[ 編集]
ちなみに。

黒部にかかわる犠牲者、朝鮮人労働者についての
死者数実態は明らかではなく、政治的思想背景により
いろいろな評され方をしているようです。

多くの犠牲者でたという著書ありますが、根拠なく
憶測に基づく左よりな方の執筆だったりもします。

高賃金につられた労働者が大半だったのでは?という論説も
あります。

とにかくも・・・
「ほとんど」という私の書き方も ネットの検索結果
記事をみて書き記したもので根拠と正確さに欠ける
いい加減さであったこと、、いちお お断りしておきますっ!

どーも、さーせんでしたっ!
【2009/11/02 11:06】 URL | ぽっか #-[ 編集]














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